2018.02.05











窓枠の
賑々しさも
時代かな





東海道本線 東京
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

二等車乍ら、此の、垢抜けない、
如何にも質実剛健な印象と来たら、
如何で御座いましょうか。

何の趣向性も無い記録写真乍らも、
こんにちの意匠の志向性との大きな違いを、
今さら乍らに感ぜらるゝ一献に、
庵で独りほくそ笑むので御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.31











道々に
視線集むる
旅役者





東海道本線 東京
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

幼少の砌、「急行」と云えば
斯様な面構えの車に御座いました。

鉄道趣味の愉しさを、祖父、
そして父から受け継いで後、かれこれ十数年が経った頃、
さる悪友と共に、其の光景に遂に相見ゆる事と
成ったので御座います。

引退と云う事も手伝ってか、其れ迄よりも
一際存在感を放ちつゝ東京駅に登壇した、
165系急行型電車。

当時、地元を走ってゐた、455系の其れよりも、
衆目の集め方が桁違いだった印象が御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.29
















高山本線 高山
2000.8


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

硬座箱席の急行列車繋がりで、
そう云えば、此方の列車も御座いましたね。

急行「たかやま」。

平成に入って暫く後も、
非電化乍ら二等車を連結した優等列車が
本州内の路線に在ったのかと思うと、
急行列車自体が消滅した今日に於いては、
隔世の感が否めないので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.25











雪纏い
並ぶ鉄路の
行き交ゐて





東海道本線 戸塚-大船
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

高舘山の頂に新たに構えた拙庵も、
御多分に漏れず、一面の雪景色に御座いまして、
庵の斜向かいにこんもりと生い茂る雑木林から、
強風に煽られて雪煙が舞い込んで参ります。

斯様な中で、在りし日に雪の首都圏の一献を点てた事を
思い出したので、御相伴賜りとう存じます。

当時、急激に数を減らしつゝあった
急行列車の中に在って、此の時に乗車した
「東海」号も亦、稀有な存在であったかと存じます。

現在でこそ、普通列車でさえ
二等車を連結する時世に御座いますが、

夜行普通列車に充当する車両を、其の間合いに、
其のまゝ各上の急行列車で運用すると云う、
今考えますと、曲芸的な仕業に御座いました。

幅も狭く座り心地も悪い、
国鉄標準設計の座席で急行列車などと、
当時の庵主は考えたりもしましたが、

一番好き好んで其の車両に乗ってゐたのも亦、
当時の庵主なので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.22











吐く息も
寄らば熱気の
乗降場





下北交通 大畑
2001.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此の時の行脚は、
下北交通鉄道線が廃止に相成るとの一報を受け、
厳寒の三八上北から下北に掛けて、
機動庵にて巡った折のものと記憶して御座います。

田名部から大畑に至る道程は、
路面の雪こそ排されてゐたものの、
日中も完全凍結状態に御座いまして、

天下の往来にも係わらず、関根駅の入り口辺りで
機動庵を水平方向に一回転させてしまった事を
鮮明に憶えて御座います。

斯様な気候の中、夜の帳が下りて久しい大畑駅にて、
本日の一献の如き人いきれに遭遇出来ました事は、

廃止前の駆け込み需要と云う事も有ったとは存じますが、
嬉しい誤算で御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.20











旅と旅行





北陸本線 **
2000.8


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

今を去ること二十年近く前、
中部地方を放浪した折の一献に御座います。

主な目的は、急行「きたぐに」への、
大阪からの乗車だった様に存じます。
そして、此方の一献を点てたのは、
確か高岡駅だったような。

新たに構えた庵へと、実家からひと財産を
引き上げた折に発見した光画紙に御座います故、
朧気で遠い記憶を手繰り乍らの駄文に
御相伴を賜ってゐる訳で御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.18











鉱山(やま)懐(ふところ)への
路在りて
今日も見守る
昼下がり





神岡鉄道 猪谷
2000.8


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

嘗て、奥飛騨の山懐の小駅から、
更に其の奥へと伸びる鉄路が御座いました。

国鉄神岡線を前身とした神岡鉄道は、
其の歴史を、鉱山(やま)の盛衰とほゞ重ねて
参ったので御座います。

鉛や銀などの重金属の産出を主とした此の鉱山は、
晩年は硫酸の精製に軸足を移し、
此の鉄路にて運び出さるゝ貨物も亦、
時代に拠り変遷を見たとの事で御座います。

本日点てた一献は、
産業鉄道としての役目を終え、
地域の足に徹する当路線を、静かに見守る駅務員殿の、
或る夏の昼下がりの一齣に御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2017.12.01











夜を見張る
燈火の蹴手球しきに
足音なお潜むる







東北本線 館腰-名取
2017.11


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

年に数回有るや無きやの夜遊びに
本日も御相伴賜りとう存じます。

蹴手球(けたたま)しい警報音と燈火の明滅に拠り、
道路と軌条の交差に係る保安を命とする此方の装置。

其の重さから来る足音の轟鳴を最低限とすべく、
細心の注意を払い乍ら歩を進める機関車も、
流石に辟易する程の五月蝿に御座いまして、

尚一層気を遣って前進してゐるが如く御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2017.11.27











蒼天の
高きに吾の
風通し







東北本線 名取-館腰
2017.11


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

日中の実効湿度も徐々に下がって来た
庵近在に御座います。

休日も些か早めに起き出し、
娘の泣き声と雀の囀りを聴きつゝ、
庵事に精を出してゐる処に御座います。

先日、家内に命ぜられ参じた買い出しの折、
庵から半町程歩いた踏切から見上げた空の
余りの高さと蒼さに目を奪われ、

思わず、自身の虫干しも兼ねて、
一献を点てさせて頂いたものに御座います。

其の後、庵への帰りが遅いと
苦言を頂戴したのは云う迄も無き事かと存じます。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2017.11.21











丑三つに
伸びる軌条の
静々と






東北本線 館腰-名取
2017.11


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

作業員の動きも、
“チキ”の制動音も、
積載する軌条吐出し機も、
そして作業燈も、

草木の眠りさえ妨げぬよう、
迅速に、そして静謐に、
しかし一方で熱く、

其の任を全うせんとする
一夜に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。