2018.03.26











龍駒の
見下ろす日々の
勤め哉






信越本線 横川
1997.8


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此の駅を訪れる都度、何時も見上げる此の峰は、
「鼻曲り」との通り名を持つ様で御座いまして、
登山愛好家の皆様の間では、其の踏破の難易度から、
一寸した聖地で在る様に御座います。

然も在りなむ、と云うべき威容を誇る、
裏妙義北端に佇む名峰は、信越本線の開業より、
横川駅の歴史を睥睨し続けてゐる訳で御座いますが、

果たして、終ぞ今日、
此の駅で途切れてしまう事と相成った鉄路を
如何様な思いで見降ろしてゐるので御座いましょうか。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.03.22











英雄も
群雄割拠の
蒼き空






仙石線 東名-陸前大塚
2018.3


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

「マンガッタンライナー」なる呼び名の
此方の車両。

登場当時は、名付けの才風に些か
引っ掛かるものが在りつゝも、
気付けば登場から丸十五年が経過し、
石巻の宣伝大使としてすっかりと定着した様に御座います。

東名から野蒜に掛けて、
新たに山手に移された真新しい軌条と共に、
仙石線再興の旗手として、末永い活躍を
密かに祈ってゐる庵主に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.03.18











古浦や
映ゆる小波に
島々の






仙石線 陸前大塚-陸前富山
2018.3


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

日本三景松島の片隅に、古浦と云う
小さな入り江が御座います。

さりとて、七年前のあの日には、
斯様に汎(うらら)かな入り江も豹変し、
内陸深くまで牙を剥いたので御座います。

今では、線路沿いに高々と聳え立つ防潮堤に、
其の痕跡を見るに留まって御座いますが、

車中の皆様方の胸中を拝察申し上げるに付け、
此の風光明媚な湾の光景も
複雑なものに相成る訳で御座います。

さて、今宵も演奏仕業に御座います。
一本は稽古、更に一本は、多賀城の某所にて、
若き職業音楽家との出稽古に御座います。

お近くの方は、是非足を御運び下さいませ。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.03.15











生業を
修むる行脚も
日和哉






東北本線 館腰-岩沼
2018.3


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

季節外れの日和に、
大量の杉花粉が舞う頃合いと
相成りまして御座います。

過日、堪らず耳鼻科医に駆け込み、
処置と投薬を受けて参りました。
親よりも丈夫な我が子を時に恨めしく思う、
一児の父に御座います。

斯様な中、線路検測車が出陣との報を頂戴し、
重い腰と鼻汁を引きずり
記録に参じた次第に御座います。

燦々と降り注ぐ朝日を浴び、
思いの外駆け足で生業を紡ぐ地へと
過ぎ去って行ったので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.02.24











開拓の嚆矢脳裏に生き字引






函館市電 駒場車庫
1996.3


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

かいたくの こうし のうりに いきじびき

今では想像に難い所に御座いましょうが、
当時、斯様にも難無く招き入れて頂けた、
市電の車庫に御座います。

軌道敷の除雪と云う、
無くては成らない黒子に徹する事およそ半世紀、
此の時機頃に、お色直しを経て、久方振りに
営業運転に復帰したように御座います。

さて、今宵は、庵主所属の小さな楽団も、
久方振りに舞台を頂いて御座います。
庵主の顔本や呟き帳に詳しく御座いますので、
もし宜しければ、此方の御相伴も頂戴出来れば、
望外の幸甚に存じます。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

※画質につきましては、
ASA1600の陰幕を電子化したものに御座います故、
ご容赦賜りとう存じます。

2018.02.10











早掛を
亙る風さえ
静まりて





下北交通 樺山-田名部
2001.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

本州の最果てを象徴するかの如き、
とある沼の畔に御座います。

北海道の東部にも似た佇まいに御座いまして、
下北交通が日々を紡いで参った環境の厳しさをも
物語ってゐるが如く在りました。

降雪の有無にさえ右往左往する
庵主に御座いますが、
此の地では、此の時季は毎日大雪に御座います。

其の雪を以て、僅か一両のヂーゼル動車の
足音さえ掻き消消し去る程の静寂と為し、
軈て空気すらも呑み込まんとする、
厳寒の夕暮れに御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.02.05











窓枠の
賑々しさも
時代かな





東海道本線 東京
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

二等車乍ら、此の、垢抜けない、
如何にも質実剛健な印象と来たら、
如何で御座いましょうか。

何の趣向性も無い記録写真乍らも、
こんにちの意匠の志向性との大きな違いを、
今さら乍らに感ぜらるゝ一献に、
庵で独りほくそ笑むので御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.31











道々に
視線集むる
旅役者





東海道本線 東京
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

幼少の砌、「急行」と云えば
斯様な面構えの車に御座いました。

鉄道趣味の愉しさを、祖父、
そして父から受け継いで後、かれこれ十数年が経った頃、
さる悪友と共に、其の光景に遂に相見ゆる事と
成ったので御座います。

引退と云う事も手伝ってか、其れ迄よりも
一際存在感を放ちつゝ東京駅に登壇した、
165系急行型電車。

当時、地元を走ってゐた、455系の其れよりも、
衆目の集め方が桁違いだった印象が御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.29
















高山本線 高山
2000.8


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

硬座箱席の急行列車繋がりで、
そう云えば、此方の列車も御座いましたね。

急行「たかやま」。

平成に入って暫く後も、
非電化乍ら二等車を連結した優等列車が
本州内の路線に在ったのかと思うと、
急行列車自体が消滅した今日に於いては、
隔世の感が否めないので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.25











雪纏い
並ぶ鉄路の
行き交ゐて





東海道本線 戸塚-大船
1996.1


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

高舘山の頂に新たに構えた拙庵も、
御多分に漏れず、一面の雪景色に御座いまして、
庵の斜向かいにこんもりと生い茂る雑木林から、
強風に煽られて雪煙が舞い込んで参ります。

斯様な中で、在りし日に雪の首都圏の一献を点てた事を
思い出したので、御相伴賜りとう存じます。

当時、急激に数を減らしつゝあった
急行列車の中に在って、此の時に乗車した
「東海」号も亦、稀有な存在であったかと存じます。

現在でこそ、普通列車でさえ
二等車を連結する時世に御座いますが、

夜行普通列車に充当する車両を、其の間合いに、
其のまゝ各上の急行列車で運用すると云う、
今考えますと、曲芸的な仕業に御座いました。

幅も狭く座り心地も悪い、
国鉄標準設計の座席で急行列車などと、
当時の庵主は考えたりもしましたが、

一番好き好んで其の車両に乗ってゐたのも亦、
当時の庵主なので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。