2017.04.14










山上の
御仏拝む
終の路






奥羽本線 大鰐温泉-石川
2017.4


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

嘗て、南部藩の武将、
石川高信が津軽統治の拠点としてゐたと云われる、
大仏ヶ鼻城跡。

能く眺望の利く小高い丘に築かれた此の城の跡が、
津軽為信により陥落されてから丁度五百年を経た今日では、
弘前市民の憩いの場として利用されてゐる訳で御座います。

此の丘の中腹には、曹洞宗の寺院が御座いますが、
公園の名の由来である“大仏”との明確な関係性は
調べが付かずに御座います。

室町期に此の地域に勢力を張った武将の
菩提寺であったと云わるゝ事から、
大仏ヶ鼻城に於ける攻防に纏わる因縁も
少なからず在るものと推察する処に御座います。

此の御寺の境内には、
大仏ケ鼻城陥落に武功のあった兵部が寄進したとさるゝ
十一面観世音菩薩像が安置され、
大仏公園を舞台にした歴史の一幕に
思いを馳する事が出来るものと存じます。

当時より五百年を経た今、
此の一献に写りし路を幾度と無く
馳せ参じた583系電車も
陥落の時を迎えた訳で御座いますが、

是まで此の列車が歩み来た旅路と行く末は、
此方の観音様もずっと穏やかに
見守って行かるゝ事に御座いましょう。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

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