2016.04.30










油壷見遣る陽溜り子も育ち





東北本線 越河-貝田
2016.4


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

白昼、金太郎が峠路を疾駆して参ります。

従えた荷籠が連なる中に、
油が入つた缶が一つ混じつて御座います。

何故か、前と後ろに隙間を空けられ、
油の缶がぽつんと、併し全力疾走致して居ります。

而してどうやら、此方の幼子の目には、
其の様子は必ずしも滑稽なものとして映つたのでは
無い様なので御座います。

油の缶が此方に近付くと同時に指を差し、
其処だけ熱い視線を送つてゐる様に見えたので御座います。

抱えている御尊父殿、
幼子が空中で色々と動き回るもので御座いますから、
御子様の成長も相俟つて、重さも一入に御座いましょう。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

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2016.04.28










寄する波散りて立山霞む朝





信越本線 米山-笠島
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

太陽が高度を上げるにつれ、
気温も鰻登りと相成つた、越後の海岸線に御座います。

三方を断崖に囲まれた尾根に立ちますと、
辛抱して漸く吾身を立てる事が出来る程の風が
吹き荒れて御座いました。

此の日は平穏に見えた日本海も、
其の僅かな波濤が作り出す海霧に御座いましょうか、
遠く立山連峰が霞んで御座いました。

彼の中越地震を始めとする一連の天災は、
此の尾根を始めとする地形を、相当に大きく変えるものであつたと
物の本に依り、存じ上げて居ります。

而して此の地に於いては、
庵主が漸く立つている尾根と一連の地形を残し、
背後に続いてゐた筈の道路も根こそぎ崩落して御座います。

僭越乍ら、地震大国の我が国に於いては、
其の天災が繰り返される事で、
斯様に素晴らしい景観を産み出して来たと同時に、

多くの人命が奪われた事も亦、
記憶に留め置かずには居れない事と存じます。

此処へ来て、肥後・豊前両地域の皆様と、
越後で起きた一連の災害に依り被災された皆様への祈りを込め、
一献を立てさせて頂く次第に御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.27










種撒きに曲がつた腰を癒す風





越後線 小木ノ城-出雲崎
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

正午迄あと一刻程を残し、
農作業の疲れも些か溜まつて来た頃合いに御座います。

明け方には里の家並迄降りて来てゐた春霞も、
漸く、天高く薄らいで参りました。

日に数本来る電車は、其れ也に離れた県都へ向けて、
急ぐでも緩むでも無く、程好い速度で風を運んで参ります。

其の風に合わせて、猫車を押してゐた御婦人が、
曲げてゐた腰を伸ばしつゝ在ります。

秋の実りを目当てに、御自身と畑の面倒を
斉しく見乍ら過ごす時季に入りつゝある、
日当たりの佳い谷の里に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.25










苗代に畏まりたる神の峰





越後線 分水-粟生津
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

些か汗ばむ陽気に成つた、卯月の中旬に御座います。

間も無く田起こしの時期に御座いましょう。
農家の皆様は、苗床の面倒見も佳境を迎えていた事と存じます。

斯様な中にあつて、越後の霊峰・弥彦山は、
地域一帯の信仰を集めつゝ、悠久泰然として
米処を見守り続けて来た事と御拝察申し上げます。

其の足許を、県都新潟への足として、
或る時は行商人を、また或る時は農閑期の出稼ぎ者を運び、

此方も亦、山と共に歴史を紡いできた電車が、
何処までも広がる水田の中を駆けて往くので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.23










薄紅を差して流れの弛(たゆ)まざる





東北本線 東白石-北白川
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

新潟県柏崎市への弾丸行脚の帰路、
高速街道の国見休憩所からの
長い下り坂を下り切つた辺りで、
不意に思い立つた場所が此方に御座います。

行く川の流れは長しえに絶えずして、
しかも元の水に非ず──

知つたかぶりで恐縮に存じますが、
方丈記の一節が浮かんで参りそうな
光景かと存じます。

夕暮れを映し、
穏やかな翠色を湛える福岡の淵は、
白石市に草庵を遷して暫くしてから、
散歩で通り掛かつた折りのまま
に御座いました。

其れも早、一昨年の事に御座いました。

唯、其の時と違うのは、
背後の山肌に所々薄墨が差してある事ぐらいで
御座いましょうか。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.22










裏庭の陽だまり頬も緩む径





東北本線 越河-貝田
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

縁側で頂く御茶に、些か腹も膨れて参りました。

さすれば、家でも一周してみようかと、
建屋の裏手に漫ろ歩きを決め込むので御座います。

干したる薪に掛けた覆いには、先達て、
雨除けに虫除けの看板を追加した処に御座います。

掛けた紐の緩みの無きを確認し、
裏庭の向こうへ続く掘割を覗き込みます。

丁度、上野へ向かう鈍行列車で御座いましょうか、
阿津賀志の峠路をゆつくりと登つて往く処に御座います。

列車の速度に、陽だまりの温もりを一層増したが如く感ぜられた頃、
裏庭の隅の小さな枝垂桜に未だ色が残つているのを見つけ、
午后の作業もまた頑張ろうと、腰を伸ばすので御座いました。

安い小芝居に御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.21










いにしえの主役 余生に花添ゆる





東北本線 船岡
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

東北本線の線路の上に電線が張られ、
仙台駅までの区間で電気運転を開始したのは、
昭和三十六年の事だそうで御座います。

其の当時に華々しく赴任して参じたのが、
此方、ED70電籠に御座います。

彼の電籠が現役を引退してから早、四十一年。

此処、船岡駅で静かに余生を送つている間、
毎年変わらず訪れるのは、
其の視界にも千本映つているであろう
満開の桜並木に御座います。

今年も其の穏やかな表情に、
わづか一週間ほどでは御座いましたが、
そつと紅を添えて御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.19










往く路と頬染め薄墨傾れ落つ





東北本線 大河原-船岡
2016.4


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

昨年も此の場所から、
同じように去り行く列車を見送つたので御座います
が、
今年は些か趣が変わつて御座います。

数十年の時間移動を経たが如き…
とまで申し上げるのは、過ぎたる事に御座いましょうか。

直前まで構図を練らず、
日々思い付きでレリーズを踏む庵主にしては、
若干の偶然が生じた様に御座います。

列車名の通り、遊山の御仁を満載した客車は、
その重さを感じさせぬ程に、
吾身へ向かつて傾れ落つ薄墨を借り、
御丁寧に丸い頬紅まで差しつゝ、
家路を馳せるので御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.18










往く路の土の薫りの暖かさ





東北本線 越河-貝田
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

昨日御相伴を頂きました一献は、
些か遊んでしまつた感が否めずに居りました。
そこで、改めて、と云う訳では御座いませんが、
昭和の東北らしい一献に、御相伴賜りとう存じます。

樹木に明るくは御座いませんので、
何とも申し上げる事は能わずに御座いますが、

何処と無く風情のある色をした木の葉が、
線路に向かつて伸びて御座いまいます。

陽当りの良い斜面には、
長年農家に仕えて参つたと思しき土蔵が一軒、
過ごして参つた刻の長さを語るに足る存在感を以つて
凛として佇んで御座います。

上野に向かう長距離普通列車、
出稼ぎ労働者を鈴生りに乗せた夜行列車、
はたまた東北の大幹線を彩つた数々の特急列車。

数多の往来を見送つて来たであろう其の土壁は、
何物にも代え難い暖かさと薫りを持つているが如く在り、
佇んでゐて殊更に幸せを感じる線路際に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.17










銘品と云う名の月へ旅支度





東北本線 大河原
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

三十年以上前に東北から姿を消した編成が
再び相見える端緒となつたのは、
先々週の木曜日の事に御座いました。

菜種梅雨を思わせる生憎の空模様。
庵主が大河原駅に参じた折には、
まるで其の雨に溶け込むが如き空気感を纏つた列車が、
既に二番線に佇んで御座いました。

降る雨の強さも列車の佇まいも何一つ変化の無い数分間は、
自動密着連結器の衝撃音で、突如終わりを迎え、
徐に歩を進めた其の先には、
地元にお住まいの方なら目にせぬ事の無い“名月”が。

何しろ此の列車は、此の月を遥か越えた城下町まで
行脚するので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.16










過ぎ去りし日々を重ねるシルヘツダ





東北本線 大河原
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

肥後・豊前両地域の大地震、
まるで五年前の庵近在を思い出す状況に御座います。
津波が無い代わりに、大規模な山体崩壊と無数に繰り返さるゝ余震。

犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
負傷された方々、被災されております皆様方に、
衷心よりお見舞いを申し上げます。

どうか、力強く、再起される事を切に願つております。

斯様に極端なものでは無いにせよ、
過去の記憶と申しますのは、時折鮮明に脳裏に蘇るときが
あるので御座います。

本日の一献は、然様な情景を無彩色にて点てる事で、
“「記憶」が「追想」に変化する過程”を垣間見ようとしたものに御座います。

肥後や豊前の皆様方の「記憶」からも、
どうか、心温まる「追憶」が、少しでも多く見つけられますよう。

ちなみに「シルヘッダ」と申しますのは、
昭和中期以前に製造された鉄道車両に多く見られた
車体構造の事を申しまして、

車体外部の窓の上部と下部に、補強用の“桟”を渡したものに
御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.13










古を愛しむ枝伸ばす路





東北本線 大河原-船岡
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

いにしえを いつくしむえだ のばすみち

前回から引き続くのと同時に、時節柄も御座いまして、
客車で一献を立てさせて頂きたく存じます。

此方の界隈では、つい三十年程前まで
定期列車の一部で見られた光景に御座います。

幼少の砌、面白山への行楽客向けの増発列車に
同系の車両が充てられ、
その際に両親に連れられて乗せてもらつた折、

お世辞にも良いと云えぬ乗り心地に、
幼い乍らも“汽車旅”の風情を
感じたものに御座いました。

昭和末期頃には、白石駅の留置線に
大量に捨て置かれていた記憶が御座いまして、
今にして思えば其れこそ、
現役引退の直前或いは直後だつたのだろうと
思い起こすので御座います。

焦げ茶色の客車と赤い機関車、
そして満開の桜の組み合わせを、
長き時を経て、又こうして地元で愛でる日が来ようとは。

若輩にも拘わらず、幼き日に思いを馳せ、
思わず顔が緩んだ一日で御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.11










荒野往く夜汽車白昼夢の如き





千歳線 沼ノ端-植苗
2016.3


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

日本最後の客車特急を追う行脚も、
此方の一献にて一旦締めさせて頂きとう存じます。

荒涼とした土地が広がり、
其の中を日本離れした装いの客車が連なつて進む様は、
恰も米国の大陸横断鉄道の如く御座います。

地面寸前まで延びた車体の裾、
上に丸く膨らんだ屋根、
銀色の大柄な躯体に引かれた帯は大陸の色遣い。

生粋の国産機も、つられてAmtrackの機関車に見えてくるから
不思議で御座います。

而して此の感覚も、
最早味わえぬものに相成りまして御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.10








憚りて向かう夜勤の忍び足





東北本線 館腰-名取
2016.4


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

今年は、気候が良くなるにつれ、
ED75電籠を目にする機会が増え、
個人的には楽しくなつて参った処に御座います。

此の日は、工具や材料を積んで、
山形方面に向かうとの事。

人知れず線路の番をする赤べこは
まだまだ頼もしい限りなので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.07










Junction with the Snow





海峡線 津軽今別-中小国
2016.3


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

在来線の軌道と新幹線軌道とを
離合させるべく拵えられた、一大構築物


其の足許での一献に御座います。

斯様に立派で荘厳な構築物に於いて、
定期旅客列車の往来が金輪際無くなろうとは──

三十年近く前、此処が建設中であつたときに
父に連れられて津軽線の気動車に乗せてもらつた折には、
微塵にも想像が付かなかつたので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.04










韋駄天の生来見ゆる鉛空





津軽線 蟹田-瀬辺地
2016.3


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

昭和39年の初登場時より56年の長きに亙り、
我が国の交流電化区間を含む高速鉄道網を支え続けた、
国鉄485系特急型電車。

其の功績は比類無きものかと存じて居ります。

個人的にも、弘前在住時より幾度と無く利用した事もあり、
生粋の東北人として、空気の如く身近に感ぜられた車に御座います故、
此度の“定年退職”は、余りにも衝撃的な出来事に御座いました。

車齢を感じさせぬ若々しい躯体は、
未だ第三、第四の職場をも務め遂せる事が出来るのでは無いかと
信じて疑わぬものに御座いました。

早春にも拘らず、時折雪の降りしきる津軽半島。
厳しき気候の中をものともせず走り続けた半世紀を垣間見て頂けるなら、
僭越乍ら、望外の幸甚に御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.04.02










春浅き雪に残り香付し去りぬ





津輕線 津軽宮田-油川
2016.3


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本日も、御来庵賜り、誠に有難う存じます。

当に此の日、定期客車列車としてのみならず、
急行列車としては愈々以って日本最後となる、
急行 はまなす号”を見送るべく、
青森市西田沢の住宅地の片隅に陣取りまして御座います。

僅かに差込む朝陽への望みも絶たれた空模様では御座いましたが、
足許に目を遣りますと、僅かばかりの名残雪が、
彼の列車の花道を、此れでも精一杯に見送らんと
健気に留まつて御座いました。

向こうに見ゆる踏切が諸行無常の響きを奏で始め、
遂に、其の刻が来たように御座います。

この世に生を受けし遍く事象が、
栄枯盛衰の理を辿らなければならぬ現実に相逢うて、
止め処無く溢るヽ寂しさが些か抑えきれぬ庵主を他所に──

──併し確固たる存在感を以つて、日本最後の急行列車は、
北の大地の残り香を何時もより多少多めに振り撒きつヽ、
目の前を過ぎ去つたので御座います。

庵主は実に、はまなす号の編成写真とは
相性が良ろしく無いようで御座いまして、
御来庵の皆様に対しましては誠に恐縮至極に存じますが、

拙い技量で、最後の姿を収められただけ
良しとさせて頂きとう存じます。

我が国で、二度と相見える事の叶わなくなつた、急行列車。
日本初の急行列車の登場から122年、はまなす号の登場からは28年。
長きに亙り、大変ご苦労様に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。