2015.09.29










天高く肥ゆる事無きはやて哉





東北新幹線 仙台
2015.9


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

矢張り、青空と云うものは胸が透くものに御座います。
現代の韋駄天も、此の日はさぞ気持ち良く駆くる事に御座いましょう。
今や、一刻で百里程も移動出来る時代に御座います。

片や、日頃より、僅か二里に一刻も掛けて移動する庵主は、
此の日から数日間、呑んでは食べる生活と相成りまして、
時節も相俟つて、更に肥ゆるので御座いました。

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2015.09.28










大街道見返り美人の一人旅





東北本線 岩沼-槻木
2015.7


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

去る文月の平日、穏やかな昼下がり。
或る電文を頂戴して参じた、
陸奥の大動脈の傍らに御座います。

平時は、四つ~八つの車を連ねた普通列車が
足繁く行き交う大動脈に御座いますが、
頂戴した電文に記載のあった時刻に
写真機を構えてみますと…

摩訶不思議、
想定していた編成の僅か六分の一の長さにて、
色白のご婦人が御一方、其の淋しさを掻き消すが如く
軽い足取りで去って行くでは御座いませんか。

嗚呼、人違い…

声を掛けたのは此方であるとは云えど、
狐に撮(つま)まれたような、
鳩が豆鉄砲を喰らった様な、
白昼より何とも不思議な気分に相成りまして候。


2015.09.24










陸奥(みちのく)の月光纏ひ其の奥へ





東北本線 槻木-岩沼
2015.7


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

薄明のみちのくを往く、寝台電車。
夜と朝に挟まれた空気が支配する中を疾駆する様は、
まるで往年の夜行急行を彷彿とさせる姿に御座います。

空に浮かぶ月は、
地平の向こうに沈む迄の数時間、
陸奥の更に奥へと向かう其の旅路を
静かに見守る事に御座いましょう。

2015.09.20










天も地も駆くる実りに胸の空く





奥羽本線 泉田-新庄
2015.9


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此の胸の空くような青空の前日、ないし前々日までは、
あのような豪雨災害となるとは、誰が予想し得たので御座いましょう。

被災された皆様方には、衷心よりお見舞いを申し上げます。

斯様な中に於いても、何事も無かつたが如く、高く晴れ渡る空を、
まるで特急列車と伴走するが如く幾筋かの雲が駆け抜けて参ります。

足許に目を遣りますと、
それはたわわに実りし稲穂が、見事に頭を垂れて御座います。

此の米の一粒一粒もまた、数多の困難を乗り越えて、
今年の集大成を今まさに発せんとしているので御座いましょう。

日々昇り降りする太陽、大地を潤す雨水、
そして、此れまで、献身的に、目と手を掛けて頂いた農家の方々。

そうしたご苦労と自然の織り成す偶然の賜物が、
今年も間も無く食卓に上るので御座いますから、
日々感謝を忘れずに過ごして参る所存に御座います。


2015.09.16










門前の小僧習わぬ脚自慢





奥羽本線 羽前豊里-真室川
2015.9


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

お香の薫る、静かな門前。
最初の門を潜れば、其処は既に霊験鮮(あらた)かな参道。
其のまま進みますと、立派な山門が現れます。

更に歩を進めますと、何やら見慣れた配色の構造物が。
目の前には赤色灯が二つぶら下がつて御座います。
剰(あまつさ)え足元には、二本の軌条。頭上には電線。

──既に御寺の境内な筈で御座いますが、はて。

蝉の季節も終わりを迎え、境内は余りにも静か。
件の構造物と軌条が、参道を大胆に横切る他は、
ごく有り触れた御寺なので御座います。

時折お越しになる御参拝の方々と挨拶を交わしつゝ、
静かに佇んで居りますと、徐(おもむろ)に警報音が。

其のまま何とは無しに眺めて居りましたら、
件の参道が、黄黒に塗り分けられた竿に
見る見る内に塞がれ──

往年の小僧が、嘗て幾度と無く通つたであろう門前を、
今日も自慢の俊足にて、
北へと駆け抜けて行つたので御座います。

2015.09.13










谷渡る、汽笛の響く、天高く





奥羽本線 院内-及位
2015.9


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

書物を拝見しますと、
庵主が出生する6~7年程前が、
鉄道全盛期であつたとの事。

正に其の時代に、奥羽本線も輸送力を増強すべく、
板谷峠と共に、此方の一献の区間も
大改造を受けたそうで御座います。

其れまでの、山裾に窮屈に置かれた雪覆いを
急曲線で切り抜ける線形から、

蛇行する雄勝川を、鋼製上路橋で一跨ぎする線形に
改められたそうに御座います。

朝と昼との境目に、山懐の藪を搔き分け、
湿地帯に写真機を構えて御座います。

林道から然程離れていないにも拘らず、
人間の匂いのするものは、庵主の他には
件の鉄橋だけではないか、と思えるほど、
静かな潤いに満ちた谷間で御座いました。

そして、然様な地形をまるで意に介さず、
谷間の宙空を飛ぶが如く掛けられた、巨大な鉄橋。

鉄橋を支える橋脚と、苔生した橋台。

往時の鉄道員──主に土木技術者の
苦闘の跡が偲ばるゝ構造物
の一つ一つを、
至近距離で見詰めるにつれ、

今でこそ、奥羽本線の最閑散区間では御座いますが、
鉄道の輸送力増強に賭ける意志の強さと、
其の意志を受け止める当時の鉄道の力強さに
想いを馳せたので御座います。

因みに此の土曜日は、好天も手伝つてか、
とんとご無沙汰しておりました諸先達方にお会いする事が出来、
望外の幸甚に存じました。

遠方から空路にてお越しのnamapooh殿、F殿、
そしてT木の巨匠殿、うっかり鉄殿、
その場にてご相伴を賜りました多くの皆様方、
大変愉しいお時間を頂戴し、誠に有難う存じました。

2015.09.09










土淵の畔(ほとり)流るゝ風清く





弘南鉄道大鰐線 中央弘前-弘高下
2015.7


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

急行「はまなす」にて幾献かを煎じた翌日、
津軽半島の余りの悪条件に根気を削がれましたので、
庵主が幼少の砌に住んで居りました、
弘前市に立ち寄りまして御座います。

当時の庵主一家の住まいは、
弘南線の運動公園前駅の近在で御座いましたが、
此度は、城下町の風情をより色濃く残す、
大鰐線での一献にお付き合い頂きとう存じます。

弘前城は、津軽藩藩主、
二代・津輕信牧以降、一族の居城に御座いました。
関ヶ原の戦いに於いては、初代・大浦(津輕)爲信の折に徳川に付き、
その武勲により津軽藩成立を期したとの謂われに御座います。

古くは、弘前城の外濠の役割も果たした土淵川。
其の近在には、桶屋町、鍛冶町、銅屋町など、
商いに纏わる地名が今も残るので御座います。

川縁まで密集する家々の様子も相まつて、
下町の風情が色濃く感ぜるゝので御座います。

その昔は、玉石練積や洋灰(セメント)に囲まれ、
幾分殺風景であつたような記憶が御座います。
改めて眺める土淵川は、
その流れに比して何と緑が豊かな事で御座いましょう。

川に近付くにつれ、
其れまで吾身を取り囲んで居りました
じつとりとした空気が、
徐々に涼しさを帯びて来るようで御座いました。

車両こそ銀箱へと変わつたものの、
今日も、往時と然程変わらぬゆつたりとした速度で、
古都弘前の川の畔を、温泉街へと向かうので御座います。

2015.09.06










食卓の流るゝ緑に弾む声





函館本線 渡島大野-仁山
2014.8


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

北斗星、と来れば、何と云つても、
豪華な食堂車“グランシャリオ”かと存じます。

前夜の夕餐こそ、此方で頂く事が出来なかつたものの、
明朝、木古内を過ぎた辺りから食堂の入り口前に並び、
漸く朝食を頂く事が出来まして御座います。

その際、明六ツ初刻(朝五時頃)を回つたばかりだと云うのに、
何と先客の御仁が居られたので御座います。

我が家の北斗星の一宿に於いて、
一番印象に残った出来事で御座いました。

我が家を含め、
ご乗車の皆様方は、斯様な迄に、
此の食堂車での食事を楽しみにして居られたので御座います。

何故ならば──
何しろ此の時既に、日本最後の
「定期列車の食堂車」だったので御座います。

我が家は洋朝食を所望。
食卓一杯に広がる額縁を、
鮮やかな北の緑が、暇(いとま)無く流れて参ります。

焼きたてのパンも、淹れたての珈琲も、
新鮮なオレンジジュウスも、
絶妙な火加減のスクランブルエツグも、
噛むほど肉汁が染み出してくるベーコンも、
今宵の乗客と旅路を伴にして参つた素材ばかり。

云う迄も無く贅の極み、此の日、至玉の味覚を
我が家に齎したので御座います。

時に、
此の車両が、彼(か)の信越本線碓氷峠を往来する
特急電車の用に供すべく作られてから、
此の時丁度四十年。

信越本線碓氷峠、奥羽本線板谷峠、東北本線十三本木峠と
併結する相手も越える峠も変えつゝ幾星霜。

電車から客車への華麗なる転職をも越えて、
第二の人生が遂ぞ先月末に終焉を迎えた事は、
御来庵の皆様方にも、公然周知の事実に御座います。

2015.09.03










陽炎に燻る工場へ車列成し





石巻臨港線 陸前山下-石巻港
2015.5


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此処の所、日差しが戻りつつある仙臺平野に御座います。
涼しさに体が慣れてしまつた頃かと拝察致しますが、
如何お過ごしで御座いましょうか。

些か鮮度の落ちた茶葉にて恐縮に存じますが、
今年の黄金週間に、石巻で点てた一献に
ご相伴を賜りたく存じます。

潤沢な日差しが降り注ぐ、閑静な住宅街。
其の中に間借りするかの如く、
当に路地裏と呼ぶに相応しい、
控えめな踏切が御座います。

庵主はと云えば、
件の踏切よりも些か肩身の狭い思いをしつゝ、
写真機を構えて居りました。

牛歩の如く住宅街を進み往く
ヂーゼル車を正面から眺め

振り返つた後の一献に御座いますが、

ヂーゼル車から立ち昇る陽炎の向こうに
聳え立つ製紙工場の煙突が、
何故か此方を誘つているが如く映り、

其の手前を圧倒的な質量感を以て、
空つぽとは云え、無数の籠が列を成して、
何かしらの意思を持った鉄の塊へ向けて
進み往くので御座います。

2015.09.02










新旧の世紀寄り合う駅に立ち





津軽線 青森
2015.7


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

暑さに弱い庵主は、
今朝より戻りし夏の日差しに
大変辟易して御座います。

去る七月、斯様な酷暑の狭間に、
台風崩れの低気圧と伴に訪れた北の終着駅。

──而して、“北の終着駅”と云うのは、
前世紀までの綽名に御座います。

今宵も、
其の時代の青森駅を知らぬ
新世紀産まれの列車が、
其の時代の晩年より
駅と苦楽を共にして来た列車の、
出立の刻に相まみえるので御座います。

おそらくは、其の末期の刻まで、
見守る事に御座いましょう。