2015.08.29










幾度の夜と朝の狭間とて
刹那さへ当(まさ)に在り難き哉






東北本線 名取-館腰
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

いくたびの よるとあしたのはざまとて
せつなさへまさに ありがたきかな

明け七つ(午前四時)は、能く
昔日の旅人の出立の刻とされて御座います。

日の出直後とも云われて御座いまして、
其れ為りの距離を、
日没までに徒歩で移動しなければならなかつた時代の
慣習に御座います。

江戸日本橋を、上方へ向けて出立した折に、
高輪の辺りに差し掛かった頃合いで、
皆一様に提灯を消したとも云われて御座います。

時は流れて現の世。
未だ寝静まる街を、強烈な燈火とともに、
夜行列車が駆け抜けて御座います。

真夜中とも明け方とも付かぬ陰陽の狭間で、
提灯を消しながら、或いは、寝覚めの車窓から、
薄明の空を見上げる心持ちは
如何様なものに御座いましょう。

悠久の時の流れの中で、
幾星霜と繰り返されし其の刻こそ、
是当に刹那の邂逅かと存じます。

そして其の刹那とは、如何なる邂逅と云へども、
二度と叶わぬものと相成りまして御座います。

スポンサーサイト
2015.08.26










あかつきに昇る狼煙はレクヰエム





東北本線 岩沼-槻木
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

車両限界を追求した曲り屋根を連ね、
今日も寝台特急が上野を目指して参ります。

思わず見惚れる曲線美の圧巻も然る事乍ら、
其れを遥かに凌ぐ高さを訴求すべく立ち昇る、
二条の煤煙。

あけぼのと申すは春では無かつたか、
と思わず呟いてしまいましたが、

茜色に染まる東の空をぼんやりと見上げつゝ、
未だ夏になりきれぬ冷たさを纏う朝の空気に
吾が身を浸して居りました。

此の日の空模様に添えられたストラクチュアは、
終焉迫る自身の運命を知る者の矜持か、
或いはせめてもの見送りに御座いましょうか。


2015.08.24










あけぼのの街駆け抜くる星一閃





東北本線 名取-館腰
2015.8


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

本日の一献は、昨日、
多くの皆様方に惜しまれつつ辞世致しました、
寝台特急「北斗星」の、
直近の在りし日を振り返りとう存じます。

僭越乍ら、幾献か煎じて参る所存に御座いますので、
宜しければ御相伴賜りとう存じます。

現在、拙庵を構えさせて頂いて居りますのは、
家と職場との往復を日々支える、
閑静な住宅街に御座います。

今一つな空模様が、
殊更に平穏な日常を物語るが如くに御座います。

斯様な拙庵近辺に御座いますが、
今日は遠く北からの使者が来る日。

電機は些か違えども
伝統の青き客車が迎うる、
最後の葉月。

北海道から満載した
晴れやかな空気を振り撒いて、
花の都を目指すので御座います。

2015.08.23










今生の別れも静寂(しじま)泪雨





東北本線 松川
2015.8.23


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

今生の別れとは、
斯様に素気無いものに御座いましょうか。

余りにも一瞬の事に御座いましたので、
目が霞む暇も無く、青い客車の連なるを
家族と共に見送るばかりだつたので御座います。

如何なる親切か、庵主の目が霞む代わりに、
泪雨が足音を掻き消す程に降りしきつて御座いました。

庵に戻り、後から後から湧き出てくる寂しさは如何ともし難く、
昨夏に家族で一宿を求めた青い車体の写真の数々を
囲炉裏端でやゝ暫く眺めておりました。

大変に名残惜しゅう存じますが、
心底愉しき思い出を、
誠に貴重な経験を、
有難う存じました。

車体に拠つては、
新製より四十余年の永きに亘る御功労、
拙い庵主の一献を持ちまして、
衷心より相(あい)労(ねぎら)いとう存じます。

そしてまた何処かで、
お目に掛かる事が叶いまれば、
望外の幸甚に御座います。

2015.08.19










異邦人遥か大地の其の先へ





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此方の御仁、日本の夜行急行列車を御利用とは、
相当な日本通に御見受け致し候。

度胸の無い庵主が外国に参じる折には、
特急列車に乗るのが関の山かと存じます。

しかも、「手荷物」たる自転車を携えて、
座席車に御座いますから、

日本の運輸規則にも精通し、
体力も十二分にお持ちである事と拝察申し上げます。

引き締まつた体躯で自転車を軽々と持ち上げ、
一抹の澱み無く車内に吸い込まれし此方の御仁。

海底を潜り抜けた其の先で自転車を組み立て、
再び走り出す御仁の目には、
如何様な光景が広がるので御座いましょう。

2015.08.17










ひつそりと名乗る縁は華三輪





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

人目を憚(はばか)り、
連結面でひつそりと其の名を主張する
三輪のはまなす。

晩夏から初秋にかけて結実し、
食すと甘酢の如き味との事。

縁を偲ぶにしては、見た目にも些か先鋭的乍ら、
此の列車の歩みし歴史と、
此方の愛称板の奥ゆかしき事に触れ、

今夏の拙庵には、
此の華を添ゆる事に致したく候。

扨て、季節の上でも折り返しの立秋を過ぎ、
突如として気温も下がって御座います。

今後とも、御来庵の皆様方に於かれましては、
お体御自愛下さいますよう。

2015.08.12










出発(しゆつたつ)に交はす笑顔の遠からじ





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。
また、残暑お見舞いを申し上げます。

遥か北の街を目指す列車の小窓から、
少年と笑顔を交わす一人の御婦人。

少年は、ご婦人の御親族、或いは、
お孫さんで御座いましょうか。

ご婦人は、早々に着座するなどせず、
さりとて出入り口を塞ぐでも無く、

小さな御親族のお見送りを、
穏やかに受けて居られるので御座いました。

人生は、屢(しばしば)、
旅路に準(なぞら)えらるゝものと
存じて居ります。

其の距離ばかりで無く、
其の先を過ごす時間の長さも、
言葉を介さず共有出来る縁(えにし)を指して、
人々は「絆」と申すので御座いましょう。

お盆の時期に御座います。
拙庵も、家族共々、
生家へ赴き、故人へ手を合わせ、
感謝申し上げる数日間に致す予定に御座います。

2015.08.09










犬も伸び寛ぎ此方を見るで無し





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

暑さも一段落した様子に御座いますが、
御来庵の皆様方に於かれましては、
息災で居らるゝ事と存じます。

伝統の青い客車の側面に大胆に描かれた、
一頭の犬。

其の傍らでは、座敷…ではなく、
夏休みに入ったばかりの童子が幾人か、
楽しそうに談笑して御座います。

件の犬は、上下を白き一本線に挟まれた
そう広くもない場所にて寛いで御座います。

何処を見遣る訳でも無く、
当に「吾関せず」な趣に御座いますが、
其の裏側に広がる車内の座敷は、
如何程の広さに御座いましょうか。

私事に御座いますが、庵主は遂に、
座敷の広さ、或いは寝心地を経験出来ぬまゝ、
此の犬つころを見送る事に為るので御座います。

然りとて、此の顔に御座いますから、
胸を覆う寂しさ等と云つた感情は、
相応に和らいでしまうので御座います。


2015.08.05








漆黒に溶け込む主塔に刻を待つ





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

今夏は、みちのくに有るまじき
酷暑が続いて御座いますが、
御来庵の皆様方に於かれましては、
お変わり御座いませんでしょうか。

相反して、此の日の青森駅は、
梅雨時らしき涼しさに御座いまして、
旅情溢るゝ急行列車の佇まいを、
存分に堪能する事が出来て御座います。

湿度を飽和量まで含んだ夜の帳。

其の漆黒に吾身を溶かし込むが如くに聳える
青森港湾橋の主塔が、何を語るでも無く、
そぼ濡れた急行列車を静かに見下ろして居ります。

主塔の足元を見遣りますと、
深き藍色の車体もまた、其の身を半ば、
夜霧に溶かし込んで居りました。

室内燈を煌々と点し、
老舗の旅館よろしく、淡々と身支度を整えつゝ──

2015.08.02










寝台の寝間着旅路の遥かなる





津軽線 青森
2015.7


***************

御来庵頂き、誠に有難う存じます。

此方の御仁、ご自分の寝台に到着するなり、
慣れた手つきで荷を整理し、早々に
備え付けの寝間着に着替えて御座います。

おそらく、相応に乗り慣れて居られる事と
拝察致します。

庵主を含め、此の列車の生活圏から
遠く離れて居られる皆様方の中には、
間も無く定期運行を終えるから乗つておこう、
と云う衝動に駆られる御仁もおいでかと存じます。

併し、此方の御仁からは、
斯様な“一見さん”的な匂いは、
微塵も嗅ぎ取れないので御座います。

斯様に切り取つた一瞬からでも、
道内と内地を往来するのに使い勝手の良い、
生活に根差した列車である事が覗えるので御座います。

玄人好みな孤高の夜行急行、
もう幾献か、御相伴を賜りとう存じます。