2017.01.23










潮の香を
街に届けて
十三里






仙石線 蛇田-陸前山下
2016.12


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

仙石線と東北本線を短絡する路線が出来るなど、
庵主が学生の時分には思う由も無き事に御座いました。

石巻までの全線複線化や退避設備の増設、
主要駅での緩急接続を妄想する程度が精々で在ったかと。

極力小額の投資で最大の効果を得る、
斯様な発想も民営企業ならではの事と存じます。

併し乍ら、営利企業であると同時に、
鉄道と云う大きな社会の公器を運営してゐる事は、
殊、地方の小都市に於いては、
繊細な経営感覚を要する事に御座いましょう。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

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2016.10.13










ビルヂング
染めて家路の
急きもせず






仙石線 下馬-多賀城
2016.10


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

いつの間にか夜虫も声を潜め、
月明かりも澄み渡る頃合と相成りまして御座います。
皆様方に於かれましては、如何お過ごしで御座いましょうか。

庵では、先日暖房機が登場致しました。
其の僅か二週間程前迄は、扇風機が懸命に羽を回して居りました。
斯様な迄に気候が落ち着かなかった晩夏も珍しいかと存じます。

青春を捧げ学び、あるいは懸命に勤労した皆様方を乗せ、
通勤電車がビルヂングの脇を駆け抜けて参ります。

朝晩の冷え込みも例年に近きものと相成り、
漸く落ち着きを見せつゝある空模様かと存じます。

そして、木々の色付きが日々増して来る中を、
銀色の電車が淡々と行き来するので御座います。

線路端に佇む庵主には、斯様な日常が
何物にも変え難いものの一つとして感ぜらるゝので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。


2016.10.11










海沿いに
彩り差して
往く高架






仙石線 本塩釜-東塩釜
2016.10


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

狭い裏路地を抜け、驚くべき勾配の坂道を抜け、
やっとの思いで見晴らしの良い場所に出て御座います。

此の湊街は、物心両面で奥深さを感じるので御座います。

密集する住宅、高低差の大きな街並み、
僅かな平野部を占拠するが如く屹立する起重機、
そして電車の高架。

曇り空も相俟って、色味の少ない町並みには御座いましたが、
電車が効果を通り過ぎた処から順に、
彩度が増した如く見えた、或る高台に御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2016.10.09








昔日の
想い映して
千賀の浦






仙石線 東塩釜-本塩釜
2016.10


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本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

七ヶ浜町の役場より少し奥へ入った辺りに、多聞山と云う、景勝地が御座います。

陸前富山、大高森、扇谷と並び、松島四大観(しだいかん)の一つに御座いまして、
此の地より太平洋側を望みますと、「偉観」の異名を取るに相応しい雄大な眺めを
恣(ほしいまま)にする事が出来て御座います。

今日は、其の眺望の方向とは真逆に写真機を向けまして、
秋雨前線の雲が取れつゝある塩釜港、其の湾奥の方向を眺めて御座います。

旧くは「千賀の浦」と称され、千年以上も昔は、国府多賀城の
国府津(政府所管の港湾施設)で在ったと存じて御座います。

時が流れた現代でも、海上保安庁の屯所が置かれ、
国防上に於いても、重要な港なので御座います。

国府津であった時代と違うのは、
斜面にへばり付くが如くに為って尚、密集する建築物群と、
近代的な高架の鉄道位のものに御座いましょう。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2015.11.09










あの波も越えて目指すは





仙石線 野蒜-東名
2015.10


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

あの未曽有の災禍を端的に伝える標示物が、
沿岸部の至る処に掲げられて御座います。

果たして此の大波を乗り越える事の出来た鉄路は
幾許だったので御座いましょう。

利潤を追求すべき民間企業であるからこそ、
取捨選択は必定の理かと存じます。

だからこそ、
自ら“選択した”インフラに対する責任は、
民間企業である事の「甘え」など通じない程に
大きく重いものかと拝察申し上げます。

具体的には、
此の列車に描かれた英雄の如き理想論を
理想論として片付ける事無く、
現実のものと為すべき重責かと存じます。