2015.11.25










柔き陽に曜(ひかり)も実る米処





只見線 越後須原-魚沼田中
2015.10


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

巨匠殿をはじめ、数名の御仁に御相伴申し上げつヽ、
寒風を浴び乍ら見遣った先は、
米処の名にし負う魚沼盆地、其の北端の一部に御座います。

昼下がりと夕暮れの合間、
傾ぐには早いと思しき陽光を、
里も河も精一杯に浴し、得も言われぬ輝きを放って御座います。

其の中に歩を進めるは、
庵主が勝手に「昭和の気動車の代名詞」と存じ上げる、
キハ40系列に御座います。

諸先達方に導かれ、
此の光景に立ち会わせて頂いた事こそ、
片道四時間、角籠を駆った甲斐が有ったと云うもので御座いましょう。

併し、俯瞰の一献は、
恥ずかし乍ら煎じ始めたばかりの、新種の茶葉に御座います。
まだまだ此れから点て方を学ばなくては。


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2015.11.18










箱庭の中の庭こそ歴史秘む





只見線 越後須原
2015.10


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

越後須原の駅の至近に、
江戸中期の豪農、目黒家庭園が御座います。

目黒家とは、しばしば飢饉に襲われた此の地を、
幾度と無く窮地から救った名士だそうで御座います。

元々は糸魚川藩の武士として起用され、
此の地に帰農して後に、
此方の一献に点てさせて頂いております「池泉式回遊園」と
大きな母屋を立てたそうに御座います。

数百年の時を経て、目黒邸の池が映し出す空は、
果たして今日も同じように澄んでいる事で御座いましょう。
2015.11.14










壮大な箱庭の隅往く椛





只見線 上条-越後須原
2015.10


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

先月末、新潟県の山奥にて試した「超」俯瞰の続きに
ご相伴賜りとう存じます。

何分、写真機を手にしてから、
主に接近戦にて一献を点てて参りました某に御座います。

此処まで線路より遠い上空から汽車を見下ろすなど、
殆ど産まれて初めての経験に御座いまして、
全く以って勝手の分からぬ儘に写真機を振り回し、

やれ、今此処に居ただの、今度は彼方から出てきただの、
豆粒の如き気動車を追い駆けるのに必死で御座いまして、
まだまだ修行の足りぬ事が身に沁みた一献にて恐縮に存じます。

斯様な顛末にて、普段の一献よりも尚の事更に、
居合わせた諸先達方に指南を頂きつゝの一献に御座います。

壮大な箱庭の隅を慎ましく進む気動車(椛=もみじ)に、
晩秋の清冽な空気を垣間見て頂けましたなら、
望外の幸甚に御座います。

さてその椛にて、もう一献点てさせて頂く事と致しましょう。
宜しければ、御笑覧頂きとう存じます。

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只見線 上条-越後須原
2015.10

2015.11.02










野も山も色落つを観て襟を立て





只見線 上条-越後須原
2015.10


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御来庵頂き、誠に有難う存じます。

早くも色を落とし始めた、と申しましょうか、
冬枯れの色合いを見せる、魚沼の夕暮れに御座います。

T木在住の巨匠殿と共に、見晴らしの良い尾根に
立ったまでは良かったので御座いますが、

兎に角寒風吹き荒び、
見た目にも体感的にも厳しいものが御座いました。

着ていた服の襟を目一杯に伸ばしつヽ、
枯れ色の中に目立つ色乍ら、
豆粒の如き汽車を写真機で追ったので御座います。

場所の手解きを頂いたT木の巨匠殿、そして
お名前を存じ上げず恐縮では御座いますが、
現地で見失い掛けた線路の場所の手解きを頂いた方、

この場からで恐縮に存じますが、
御礼を申し上げる次第に御座います。
2013.09.29










幽谷に 気霧(けむ)る細道 六十里





只見線 早戸-会津宮下
2013.9