2018.02.10











早掛を
亙る風さえ
静まりて





下北交通 樺山-田名部
2001.1


***************

本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

本州の最果てを象徴するかの如き、
とある沼の畔に御座います。

北海道の東部にも似た佇まいに御座いまして、
下北交通が日々を紡いで参った環境の厳しさをも
物語ってゐるが如く在りました。

降雪の有無にさえ右往左往する
庵主に御座いますが、
此の地では、此の時季は毎日大雪に御座います。

其の雪を以て、僅か一両のヂーゼル動車の
足音さえ掻き消消し去る程の静寂と為し、
軈て空気すらも呑み込まんとする、
厳寒の夕暮れに御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

スポンサーサイト
2018.02.05











窓枠の
賑々しさも
時代かな





東海道本線 東京
1996.1


***************

本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

二等車乍ら、此の、垢抜けない、
如何にも質実剛健な印象と来たら、
如何で御座いましょうか。

何の趣向性も無い記録写真乍らも、
こんにちの意匠の志向性との大きな違いを、
今さら乍らに感ぜらるゝ一献に、
庵で独りほくそ笑むので御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.31











道々に
視線集むる
旅役者





東海道本線 東京
1996.1


***************

本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

幼少の砌、「急行」と云えば
斯様な面構えの車に御座いました。

鉄道趣味の愉しさを、祖父、
そして父から受け継いで後、かれこれ十数年が経った頃、
さる悪友と共に、其の光景に遂に相見ゆる事と
成ったので御座います。

引退と云う事も手伝ってか、其れ迄よりも
一際存在感を放ちつゝ東京駅に登壇した、
165系急行型電車。

当時、地元を走ってゐた、455系の其れよりも、
衆目の集め方が桁違いだった印象が御座いました。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.29
















高山本線 高山
2000.8


***************

本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

硬座箱席の急行列車繋がりで、
そう云えば、此方の列車も御座いましたね。

急行「たかやま」。

平成に入って暫く後も、
非電化乍ら二等車を連結した優等列車が
本州内の路線に在ったのかと思うと、
急行列車自体が消滅した今日に於いては、
隔世の感が否めないので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。

2018.01.25











雪纏い
並ぶ鉄路の
行き交ゐて





東海道本線 戸塚-大船
1996.1


***************

本日も、御来庵頂き、誠に有難う存じます。

高舘山の頂に新たに構えた拙庵も、
御多分に漏れず、一面の雪景色に御座いまして、
庵の斜向かいにこんもりと生い茂る雑木林から、
強風に煽られて雪煙が舞い込んで参ります。

斯様な中で、在りし日に雪の首都圏の一献を点てた事を
思い出したので、御相伴賜りとう存じます。

当時、急激に数を減らしつゝあった
急行列車の中に在って、此の時に乗車した
「東海」号も亦、稀有な存在であったかと存じます。

現在でこそ、普通列車でさえ
二等車を連結する時世に御座いますが、

夜行普通列車に充当する車両を、其の間合いに、
其のまゝ各上の急行列車で運用すると云う、
今考えますと、曲芸的な仕業に御座いました。

幅も狭く座り心地も悪い、
国鉄標準設計の座席で急行列車などと、
当時の庵主は考えたりもしましたが、

一番好き好んで其の車両に乗ってゐたのも亦、
当時の庵主なので御座います。

御相伴賜り、誠に有難う存じました。
又の御来庵を、心よりお待ち申し上げて居ります。